上田麗奈 / 『RefRain』

はじめに

 『RefRain』が発売されてから半年が経過してしまった。返事を書くには遅すぎるが、書かないよりはましであると考え、以下ぼくが『RefRain』を聴いた体験や、聴いて考えたことを書いていこうと思う。

 

『RefRain』って何だという方へ向けた情報

 ・2016年12月21日に発売された上田麗奈さんの全6曲のミニアルバム

 ・本作が上田麗奈さんのアーティストデビュー作

 ・上田麗奈さんが作詞家の松井洋平さんとともに全曲の作詞を手掛けている

 ・公式サイトはこちら

 

総合的雑記

 『RefRain』は、まぎれもなく傑作である。このアルバムの中に、上田麗奈さんという一人の人間の人生が、確かに存在していると感じられる、優れた作品に仕上がっている。メロディーの美しさ、優れたアレンジ、歌詞の独自性、すべてが高いレベルで重なり合い、その人生の存在へと導いてくれるように感じる。

 なぜこのアルバムの中に上田麗奈さんが生きていると感じることができるのか。それは、以下に引用する、上田麗奈さんの思いがあるからではないかと考えている。この発言は、上田麗奈さんが、自身の作詞への取り組みについて述べているところだが、同時にアルバム全体への取り組みも表していると思う。

「自分の思いや考えを言葉にするって、難しいですよね。恥ずかしい気持ちもあるし、単純にうまく出てこないこともある。でも、自分の言葉をなるべく隠さずに届けたいという気持ちがありました。表現の仕方としても、柔らかくてネガティブ過ぎない言葉で書いていきたい。誰の視点で誰に向けた曲なのかも明確にしたい。」*1

 この発言を支えるかのように、上田麗奈さんのアーティストデビューは、「Letter of "R"」という題名の動画を通じて行われている。どういうことか。

 動画は、YouTubeにて、2016年9月21日から23日にかけて3本に分けて公開された*2。動画の中では、「Letter」という名の通り、手紙の形式で、自身が歌を歌うことについて、上田麗奈さんが率直な想いを語っている。ぼくは、アーティストデビューの告知が手紙という形式をとったことこそ、上の引用発言に込められた思いが、このアルバムの基盤となっている一つの証ではないかと考えている。

 手紙とは不思議なもので、最初から最後まで自分で書けるにもかかわらず、なかなか普段思っていることが書けない。むしろ、普段思っていないことを書いてしまうこともある、そんなメディアである。「自分の思いや考えを言葉にするのは難しい」という発言は、まさに手紙の困難な点を言い表しているともいえるだろう。だが、そんな苦しみを経て生みだされ、完成した詞だからこそ、書き手が人生で感じた全ての思いが「Letter」となって伝わってくるのだ。

 また、手紙には、まず自身が差出人になる必要があり、そして宛名がなければならない。誰かに代わって書いてもらうこともできるが、そうすると代わりに書いてもらった文章には違和感が残る..。「誰の視点で誰に向けた曲なのかも明確にしたい」という引用の発言には、この手紙という手段の困難さを引き受けることについて語っているように思えないだろうか。誰かに制作を任せず、恥ずかしさ、上手く伝えられない苦しさも含めて言葉を書くという点を、自分自身で引き受けるという覚悟があるからこそ、アルバムに上田麗奈さんの個性がよく出ているのだと思う*3

 では、手紙の宛名は誰だろうか。アルバムを聴けば分かるが、曲ごとにテーマがあり、テーマが違えば宛先も違ってくる。だが、アルバムを通じた全体的な宛名は、未来の上田麗奈さん自身なのではないかと思う。なぜなら、「役者としての自分を高めるという意識を持ってなら、歌ってみようかと思えた」*4という上田麗奈さんの発言に見られるように、自分の芝居の為になる、ということがこのアルバム制作のきっかけだったからだ。おそらく上田麗奈さんは、自身のことについて、相当真剣に考えたのだろう。だからこそ、このアルバムに、明確な、力強い思いを包み込むことができたのだと思う。

 繰り返しになるが、このアルバムの完成度は非常に高く、上田麗奈さんという一人の「作家」の人生が表れている。余すところなくその人の存在をさらけ出されると、まるでその人の傍らで自分も生活しているような感覚になってしまう。だからぼくは『RefRain』を聴くとき、上田麗奈さんに親近感を覚え、一緒の時間を過ごしたくなるような、そんな思いになるのである。

 

 

分析的雑記

マニエールに夢を

マニエールに夢を

1. マニエールに夢を

 作詞:松井洋平上田麗奈 作曲・編曲:佐藤純一

 ぼくがこのアルバムの中で最も好きな曲である。

 冒頭の軽快なピアノに続き、「晴れた空なんて、久しぶりに見た」とどこか現実味のなさを感じさせるヴォーカルで歌が始まる。しかし、この現実味のなさが同時に心地よさを生み、聴く者をぐっと引き込む、アルバムの入り口にふさわしい曲になっている。

 サビの「日々は繰り返す いつだって時計の輪の中」の部分、ギターと高音のヴォーカルが奏でるメロディの美しさは、アルバム中屈指だと思う。ここだけでも聴いてほしい。

 曲中では、「晴れた空」「朝」「夜」などといった言葉が多く用いられ、曲を歌っている人物の周囲にある環境のイメージを具体的に想起させる。このやり方は、他の曲中でも頻繁に用いられており、宙に浮いているような幻想的な曲が多いアルバムの中で、妙に具象的な、独特の印象を与えてくる。「マニエールに夢を」では、その効果が特に良く出ていると思う。

 ところで、「マニエールに夢を」とは、不思議な題名ではないだろうか。マニエールはフランス語 (manière) であり、意味は「仕方、やり方、流儀、様式」といったところである。だとすると、あまり意味が通らない。上田麗奈さんは、この曲は「モネの描いた絵」のイメージで歌っている*5ということなので、美術に関する用語なのかな、と思い調べてみたものの、やっぱりよく分からない。この題名について不思議に思っている人は、管見の限りでは見つからなかったので、僕だけが気づいていない点があるのかもしれない。とにかく、アルバム中の他の曲とはちょっと違う、不思議な雰囲気の題名も、ぼくを惹きつける要素の1つだ。

 

 

ワタシ*ドリ

ワタシ*ドリ

2. ワタシ*ドリ

 作詞:松井洋平上田麗奈 作曲・編曲:田中秀和

 曲名通り、鳥が波状に飛んでいるかのような、舞い上がり、そして舞い落ちる音が印象的である。またそれを支える強めのベースが非常に良い。田中秀和さんが作る曲は、ベースアレンジが際立って良く感じられるなといつも思う。

 歌い方も印象的だ。前曲では、歌い手が歌い手自身に話しかけているような内省的な調子だったが、この曲では比較的明るく、見知った人に話しかけるようなヴォーカルになっている。そして、明るさと同時に、明るさを張った裏にある息苦しさも上手く表現されている。

 曲中では「ワタシ」が頻繁に「あなた」に話しかけており、思わず聴いている自分が「あなた」なのかと錯覚する。「ここじゃないどこかに行ってみたいと思わない?」という、ちょっと危ない誘いが続いたかと思えば、曲の最後に、一瞬の無音の後、「一緒にいってみる?」という、それまでの明るさとは一変した、冷たい感触のフレーズがくる。この、行かないわけないよね、という様子の台詞は痺れる。すごく素敵なところに行くようには到底思えないものの、ついていかざるを得ない力がある。そして、連れていかれるところが、海の駅だ。

 

 

海の駅

海の駅

3. 海の駅

 作詞:松井洋平上田麗奈 作曲・編曲:rionos

 本アルバムのリード曲。MVもある。透き通るようなアンビエントである。

 シンプルながら奥行きや広がりをもったサウンドで、まさに周囲に海が広がった最果ての駅というイメージを想起させる。どちらかというと歌の主張の方が強く、また対話的であった前2曲と違って独りの印象が強いこの曲は、オペラでいえばアリアのように感じられる。

 この曲は、アルバムの中でヴォーカルの変化が最も大きい曲なのではないかと感じられる。『RefRain』は、曲ごとの歌い分けがかなりはっきりしており、それが曲の最初から最後まで貫かれているが、「海の駅」では前半と後半でやや違うように聞こえる。それは、この曲が「変化」について、具体的に述べると、歌が苦手であるという思いから、苦手なことでもやってみようという思いへの、上田麗奈さんの変化を表現しているからではないだろうか。MVの最後、上田麗奈さんが振り返って晴れやかな表情を見せる姿は、その変化に対し、前向きになれた (「呼吸を止めるような暗闇さえ彩られて見える」!) ことを表しているのだろう。だからリード曲になっているのかなと思う。*6

 

 

毒の手

毒の手

4. 毒の手

 共作詞:上田麗奈 共作詞・作曲・編曲:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND

 感情の揺れ動きが全面に出た激しい曲。冒頭、悲壮なストリングスから始まり、シンセやベースのサウンドも重たくのしかかってくる。ただ、そのサウンドは同時に悲しい美しさも感じられる。

  この曲の題名は、上田麗奈さんがみた夢に由来するという。曰く、「ある日突然自分の手から毒があふれてくる。その手で人に触れるとその人を殺してしまう。それがついには、自分がそばにいるだけで人を死なせてしまうようになる。」という夢だそうだ*7。凄い夢である。

 「海の駅」が光の曲だとすれば、「毒の手」は暗闇の曲である。だが、ただ苦しみという暗闇を歌っているだけではない。「重くあたたかな時間」という今までの日々があるからこそ、その暗闇があるのだ、という苦しみの所以もしっかりと見つめている、暗闇の中から光を見つけにいこうとする曲でもある。手がある限り相手を苦しめる可能性があるものの、手がなければ相手に触れられないのである。自身のみた夢をメタファーとして、こんな素晴らしい曲に落とし込めるというのは、本当に優れた才能だと思う。

 

 

車庫の少女

車庫の少女

5. 車庫の少女

 作詞:松井洋平上田麗奈 作曲・編曲:shilo

 踊るようなリズムのピアノがあっという間に過ぎ去り、もっと聴きたい、と思わせる癖になる曲。時計がコチコチと時を刻むような音も印象的だ。このアルバムで最も短い曲 (3分22秒) でもある*8

 「毒の手」とはまた違った感情の激しさが表れたヴォーカルであり、外の世界を拒絶しつつも憧れる、俗な言い方をすれば中二病少女の妄想全開である。中二病感もあわさって、ぼくは、「鍵は掛けていないのに開けない扉」というフレーズでカフカの『掟の門』を思い出した。

 しかし、「馬車」や「硝子の靴」といった言葉から想像すると、シンデレラ的な、王子様がやってくるのを待っているということなのだろう。なぜこの少女は車庫にいるのか、というのも、馬車が来やすいように車庫にいるのではないかと考えると、「毒の手」とはまた違った趣の苦しさが浮かび上がってくる。「ここじゃないどこかに」という台詞の力強さは、苦しみから生まれているのだと思う。

 個人的には、「愛してくれる人を、愛したいじゃない」という台詞が、このアルバムの中でも最も強烈に響いてくるフレーズとして、気に入っている。

 

あなたの好きなメロディ

あなたの好きなメロディ

6. あなたの好きなメロディ

 作詞:上田麗奈 補作詞:松井洋平 作曲・編曲:佐藤純一

 ストリングスが本当に美しい曲。「夜はもう怖くないみたい」の後の間奏におけるギターも素晴らしい。歌と旋律がゆっくりと溶け合いながら、前の5曲にあった不安さ、悩みに感謝し、全て優しさに変えたような、そんな吹っ切れた曲になっている。

 この曲は、2人の登場人物がいる映像的な歌詞になっているように思う。「こわがらないで ~ 綺麗だね」までの台詞がを担当する者 (Rとしよう) がおり、その後に「あなたとふたり ~ 夜はもう怖くないみたい」までの台詞を担当する者 (R'としよう) が出てくる。仕上げの「繰り返しの日々も ~ 」は、RとR'を含めた美しい全景が、引いた映像となって浮かぶイメージだ。Rは上田麗奈さん自身であり、R'は、世界を怖がっていた車庫の少女である。月灯りという希望の光が2人を照らし、新たな旅立ちを思わせる、最後を飾るにふさわしい曲になっている。

 ところで、月灯りが綺麗ということは、この曲の天気は晴れである。思えば、このアルバムの中では、雨が降っているという描写は一度も出てこなかった。だがアルバム名はRef "Rain" である。どういうことなんだろう..などと考えていたら、曲の最後に、「マニエールに夢を」のメロディが聞こえてくるのだ。そして聴く者は、再び一曲目からアルバムを繰り返すことになる。

 

 

おわりに

 このエントリが、みなさんが『RefRain』を聴くきっかけになり、アルバムを聴いて感じたことを発信するきっかけになれば嬉しいと思う。

 そして.. 

 やったね。

*1:『Voice Actress CRYSTAL』p.94

*2:上田麗奈“Rの手紙”を通じてデビュー報告、1stミニアルバムは12月発売 - 音楽ナタリー

*3:余談だが、誰の視点、誰の言葉なのかはっきりしない音楽は世の中にあふれており、だからこそ上田麗奈さんは音楽が苦手だったのだろうと考えている。

*4:『リスアニ!』vol.27, p.142

*5:上田麗奈 | Lantis web site

*6:「海の駅」のコンセプトについては、上田麗奈さん自身が、これからももっと芝居を続けたいという気持ちを全面に出した (『B.L.T. VOICE GIRLS』vol.28, p.128より要約) と語っている。だからぼくのこの視点は、狭い範囲しか捉えられていないとも思うが、一方でこの「変化」はこの「芝居を続けたい」という思いが端的な形で抽出されたものではないかとも思う。

*7:Radio RefRain Letter of "R" #010 2016年12月10日放送より要約

*8:曲の入手方法によって曲の長さは変わるが、最も長いのは「あなたの好きなメロディ」の5分26秒